煮詰まった頭が「ぐわーッ」となった時は、『もっこす』の暖簾をくぐってチャーシュー麺を注文する。ここでやけくそのように肉を食べていると次第に頭がすっきりしてくるのだ。毒をもって毒を制す、なんて書くとラーメンに失礼だが、健康か不健康かで分類すればあきらかに不健康側に属するであろう食べ物を全力で食べる事で、体はともかく精神は健康になるというパラドックスが、この世には確かに存在する。ここで忘れてはならない重要なトッピングが味付玉子だ。肉の隙間にわずかに出来たスープ地帯に丸ごと1個、ぷかんと浮かんだ煮玉子を見ながら、私は風呂場の湯船で出会う事ができる「空気坊主」を連想した。
子供を風呂に入れていると、まだ幼児なのでおとなしく体を洗わせない。洗い場で石鹸を付けて行儀良く、なんて出来るはずもないので、湯船の中にタオルを入れて遊びながら体を洗うことになるのだが、それにしてもまず最初に警戒心を解いてもらわないといけないから、まずは遊びから始めるのだ。湯に浸かったタオルの両端を指先で持ち上げて、ふわっとふたたび湯に浮かべ、そのとき真ん中に出来た空気層から空気が漏れないように素早くタオルを束ねボール状のものを作り、それをふたたび沈めてしゅわしゅわしゅわ……と小さな泡を出す。それが子供が大好きな、空気坊主である。
青木玉『帰りたかった家』で描かれるのは、祖父幸田露伴による理不尽とも思われる厳しい躾が読んでいて切なくなる『小石川の家』よりも前の世界、まだ優しかった父親が存命で家業も順調だった頃の甘く美しい思い出だ。そこに、幼い作者が父親に風呂に入れてもらう場面があって、よくよく考えれば当たり前なのだが、私はこの文章を読んで初めて、空気坊主を作っていたのが自分だけではないのだと思った。
私にはいつもお風呂でしてもらう遊びがあった。手拭を拡げ両手の指でふくらみを作ったままそっとお湯に浮せる。濡れた手拭は空気をはらんで丸くぽっかりふくらんでいる。廻りの布をそっと束ねて丸い坊さんを作り、
「坊さん坊さんどこゆくの、私は田圃に稲刈りに」
何回も失敗してやっと作った大きな坊さんを私は大事で仕方がない。そっと沈めると中から空気が細かい泡になって上ってくる。まだまだ大きい大きいと喜んでいると、
「お前が来ると邪魔になる」
父の手がぎゅっと手拭をつぶして大きな泡が一度にぶくぶくと上り、坊さんはただの手拭になってしまった。父のタオルは大ぶりでくらげのような大坊主を作ってくれた。ゆっくり少しずつつぶしてゆく泡は、私のお腹の辺から何回も胸をつたわって上ってくる。くすぐったくてきゃーきゃー騒いでいるうちに、つるんと父の膝からすべり落ちて、どぶんと頭まで沈んだ。
(青木玉『帰りたかった家』)
私は急に、周りの人たちは空気坊主とどのように出会い、やがてどのように別れたのか。大人になった今どのように空気坊主を振り返るのかが気になって、行きつけの酒場の客や店主に聞いてみた。けれど皆一様に「ああ、やってたね」と答えてくれるものの、「だからどうしたの?」となって、話が盛り上がる事はない。それは今となってはあまりにも小さくて、どうでもいいことだからだろう。大人になった私たちには風呂の湯に沈んだタオルから出る小さな泡よりも、もっと楽しいことや悲しいこと、人生の重大事が目の前にあふれている。そしていつしかあれほど親しんだ空気坊主は、記憶の彼方に消えてしまった。
藤子・F・不二雄の『劇画オバQ』には『オバケのQ太郎』の15年後の世界が描かれていて、登場人物たちは皆大人になっている中でQ太郎だけが昔のように遊ぼうよとやってくる。サラリーマンになった正太は結婚して残業続きで忙しく、もうQ太郎にかまっている時間もない。やがてQ太郎は自分の居場所はどこにもなくて、もう以前のような関係には戻れないことを悟り正太たちの元から去って行く。私は子供を風呂に入れるという用事が出来た事がきっかけで数十年ぶりに再会した空気坊主に、「やあ、ひさしぶりだね」と心の中で声をかけ、私はもう小さな泡にときめく感覚をなくしてしまったけれど、今度はしばらくうちの子に付き合ってやってくれよ、またしばらくたのむよと再会の挨拶をかわしたのだ。