みなさんこんにちは。
遠くのほうに座っている方も聞こえますか?
すいません、マイクの音量を少し上げる感じで、はい、もう少し。
はいはいこれでOKです。
ごめんなさい、声が小さくて。
さてあらためまして、こんにちは。
今回は「ラーメン屋でセットメニューを注文した時の時間差到着問題」についてお話させて頂きます。
みなさん、今日のお昼は何を食べましたか? あるいは、これから何か食べられる方もいらっしゃるかと思います。
うどん、とんかつ、寿司、カレー? はいはい、違います。
みなさんが食べていいのはラーメンセットだけです。
扉をあけて、入るのは町の小さな中華料理屋。
のれんには「ラーメン」「中華料理」
神戸だったら「中華洋食」なんて書かれているお店も多いですね。
このような個人店は調理をおやじ一人でやっている場合が多いので、カウンターに座ってセットメニューを注文した時に、私たちは必ずひとつの問題に直面します。
それが今回講演のタイトルにもさせて頂きました「時間差到着問題」というものでございます。
おやじが鍋を振って、出来たものから先にカウンターに置かれていくために、商品が必ず時間差で到着するという現象ですね。
それの何が問題なのか?
日本で最初の中華料理屋がオープンしてから100年ほどたちますでしょうか。今のようなセットメニューが出されるようになったのは、おそらく戦後からでしょう。
それからずっと、つい最近までは「問題」なんて存在しなかったのです。
完成したものから料理が出て来るのは当たり前ですから。
誰もがそれを普通に食べて、食べているうちにもう片方の相棒が来る。
気楽なものだったですね。つい最近までは、それが普通だったんです。
しかしみなさん、時の移ろいは早いもの。今は2019年、SNSの時代です。
注文したものを食べて、お勘定して店を出る、それだけで済んだ時代では、もうありません。
現代は誰もが表現者となり食べたものを写真に撮ってSNSに投稿し、世間様の評価を競う大戦国時代。
食べる前に料理の写真を撮るという事がいまやごくごく当たり前の光景となりました。
天ぷら、カツ丼、親子丼。イタリア料理にタイ料理。
何でも食べる前にパシャッと一枚撮って、それらの写真はすぐさまSNSに投稿され、家族や友人だけではなく見ず知らずの人間に向けても共有されます。そして多くの共感を集めた写真には何千、何万と「いいね」が付く。
そんな時代におきまして、料理の時間差到着は「いいね」獲得への大きな障害となってしまう可能性があるのではないか。「問題」などと書かせて頂いたのはそういった事情からでございます。
個々で注文しているぶんにはいいんですよ。
チャーハンならチャーハン。ラーメンならラーメン。
それだけで完成された写真を撮って投稿すればよい。
しかし、私たちが頼んだのがあくまでもチャーハンとラーメンの「セット」である以上、先に到着したチャーハンだけを個別に撮影してしまうとなんだか自分に嘘をついているような、ハンパな気分になってしまいます。あっ。
(小声)そんな事を言っている間に、中華鍋の音が静かになりましたね。
チャーハンが出来たのでしょう。
ご主人「へい、お待ち」
あああ!!!
まるで広いテーブルの上にチャーハンが太平洋ひとりぼっち、堀江謙一さんのマーメイド号のように孤独に浮かんでいる。そのように形容したくなるチャーハンの姿です。
みなさんがラーメン屋でセットメニューをたのんだ時に投稿したいのは、例えばこのように料理がそろった状態での写真ではないでしょうか?
ひるがえって、いま私たちの置かれている状況は、このようなものです。
野球に例えると、菅野智之だけがマウンドに立っていて、小林誠司がいない状態。
杉浦忠だけがマウンドに立っていて、野村克也がいない状態。
谷繁元信だけがキャッチャーミットを構えて座っていて、川上憲伸がいない状態です。
この状況において、ラーメンが到着するまでの時間をどのように過ごせばよいか。
まず一般的に取られやすい対策と、それに対する私の意見を述べてみたいと思います。
こちらのホワイトボードをご覧ください。
・対策その1
最初から「全部そろった写真を撮るのが目的だ」と開き直って、チャーハンにはまったく手をつけない。
これはやめたほうがいいですね。何もせずにチャーハンがテーブルの上に放置されているのは、お店の人にとっては気分の良いものではないと思います。SNS投稿は大事ですが、お店で一番えらいのはやはり私たち客ではなく店員さんであり店主ですから、料理を作ってくれた方が不愉快になってしまうようなことはしてはいけません。
次どうぞ。
・対策その2
ちょこまか動いて時間をつぶす。
これは意識的、無意識的に関わらず誰もがおこなっているメジャーな対策かもしれません。
たとえば割り箸の先っぽをシャッシャッとこすり合わせて先端部を整えている風を装ってみたり、
テーブルの調味料を手にとって確認するそぶりを見せたり、
くちびるを濡らす程度に水を、少量口につけてみたり。
そのような、一種類につき数秒程度の短い時間を稼げる行動を何パターンか組み合わせて、全体として数十秒から1分弱ほどの時間を作る。その間にラーメンの到着を祈るという作戦です。
しかしこれもやりすぎると不自然なので注意してください。料理に手をつけていないことには変わりないので、お店の方に不審がられる可能性は高いです。
さて、みなさん。
あれ? 会場がざわついて来ましたね。
みなさま揃って、「では、どうすれば?」というような顔をしておられる。
はい、お静かに、お静かに。
ここからいよいよ本題に入ります。
本日は私たちを長年悩ませてきたこの「ラーメン屋でセットメニューを注文した時の時間差到着問題」に対する革命的解決方法をお伝えするために、私はここに来ました。
え? 信じられない? す・ぐ・に、わかります。
おそらく会場のみなさんは今日この会場を出られたらさっそくラーメン屋に入られるかと思いますが、
その時からいきなり、これから私がお伝えする方法を使っていただきたいと考えております。
この話を聞いた後では、みなさんの世界はすっかり変わっているはずですよ。
だって、もうラーメンが来るまでの間ぼーっと待つ必要も、
ちょこまか動いて気をつかいながら時間をかせぐ必要もないんですから。
では、説明に入りましょう。
ラーメン屋でセットメニューを注文した時の時間差到着問題。
その解決法は、「チャーハンをはしっこからゆっくり食べていく」です。
私は普段からうす汚れたような写真ばかり撮っているんですが、部分的にものすごく潔癖なところがありまして、食べかけた料理とお皿の写真だけは美学としてどうしても載せるわけにはいかないんですね(これはあくまでも私の性質について語っているだけで、食べかけの写真を撮る人を否定している言葉ではありません)。
ですのでこのようなボカシ処理で申しわけありません。
はい、そこのお嬢さん。そうですそうです、眼鏡をかけたお嬢さん。
今あなたはお連れさんにこうささやきましたね?
「そんなことしたら普通に食べかけの写真になってしまうやんな?」と。
大丈夫です。え? なんか信じられない? フフフ。
(小声)さあ、麺を湯切りする音が聞こえてきました。
もうすぐラーメンが到着するでしょう。
ご主人「へい、お待ち」
ここからが本番。この時の全体図がこうなっています。
いきますよ。カメラを寄せて~~…………
手をつけていない部分のチャーハンだけを写す!!!
チャーハンセットなう!!!!!
その手があったか!!!!!!!
この写真を見て誰が「このチャーハン半分食べてるやろ」と気づくでしょう?
私はこれを「神戸式撮影術」と名付けました。
えー会場のみなさん、お静かに、お静かに。
どうぞお静かに。
すごい反響ですねえ。みなさん、驚いたでしょう? お静かにー。
神戸式撮影術があれば、もう長年私たちを悩ませていた時間差到着問題をおそれる必要はありません。
これは間違いなく、SNS時代の撮影スタイルを変えるでしょう。
今日この会場に来られたみなさんは、時代が大きく変化する最初の、一日目の目撃者であるわけです。
ご主人「へい、お待ち」
おっと、今度は中華丼がやってきましたね。
こちらも神戸式撮影術でこなしていきましょう。
カメラを寄せて~~…………
手をつけていない部分の中華丼だけを写す!!!
中華丼セットなう!!!!!
ご主人「へい、お待ち」
今度はオムライス。手強いですね。それでも神戸式撮影術があれば簡単です。
いくぞ!
カメラを寄せて~~…………
手をつけていない部分のオムライスだけを写す!!!
オムライスセットなう!!!!!!!
私の講演は、以上です。
お忙しい中、ありがとうございました。