『ごろごろ、神戸2』『ごろごろ、神戸3』

『ごろごろ、神戸2』『ごろごろ、神戸3』は2017年5月から2019年4月まで本ブログ管理者である平民金子が執筆し神戸市広報課サイトにて連載されたコンテンツです。現在神戸市広報課サイトに本コンテンツは掲載されておりませんので、このたび神戸市さんのご好意により本ブログへの転載許可を頂きました。記事の著作権は神戸市にありますが、書かれた内容についてはすべて執筆者にお問い合わせ下さい。本コンテンツに大幅に加筆をした『ごろごろ、神戸。』が株式会社ぴあより出版されています。そちらもよろしくお願いします。

第1回 ゴールデンウィークの過ごし方

5月の連休は神戸市内各所で様々なイベントが開催されています。いま「市内各所で様々なイベントが開催されています」なんて書きましたが、正直なところ「神戸は観光地だしどこか人の集まる所に行けば何かしらのイベントくらいはやってるんだろう」なんていう適当な気持ちで「市内各所で様々なイベントが開催されています」と書いてしまった事をここに告白します。実際はどこで何をやっているのか全然知りません。

まあ人の多い場所って疲れますし、人の多い場所に行けば犬が小さいので踏まれてしまう。こういう時こそ我々は平野商店街に行くべきではないだろうか。そんな編集会議を経て、ごろごろ神戸取材班は有馬道を登りました。平野というと神戸以外の人には馴染みのない場所だと思うのですが、ひとことで言うと、メインストリートの交差点に松山ケンイチさん……にそっくりな銅像が建っている町。JR神戸駅高速神戸駅、大倉山駅から徒歩でもバス(7系統)でも坂を少し登れば到着。ここはどこの温泉街ですかという風情です。見ときゃよかったよ、大河ドラマ……。

銭湯や喫茶店でこのあたりの昔の様子を知るお年寄りに話を聞くと、みな口をそろえて「市電があった頃はにぎやかやったでえ」と教えてくれます。かつてはこのあたり市電(路面電車)の終着駅で川西英さんの神戸百景にも『平野終点』という往年のこの町を描いた作品があるほど。今は正直なところ商店街全体としては若干さびれ気味なんですけれど、私は神戸に住み始めた最初の頃から平野が好きでよく通っています。このあたりに路面電車が走って、人でごった返していた時代も体験したかった。

以前から私はスキあらばこの町に引っ越してやろうと賃貸物件を探しています。つい最近、商店街の近くに良い一軒家が合ったので内見まで行って、ようやく私も平野住民になれるのかと思ったらそこは別の人に決まってしまいました。だいたいの賃貸物件は犬がいる事で引っかかってしまうのですが、大切な助手なのでめげずにがんばります。

昭和の始め頃の平野の地図を見ると、町の中心部は豆粒のような字で高密度に個人商店の名前が書かれていて、その数は100以上はあるだろうか。熱気もすごかったんだろうと思いますが、今は平野交差点を曲がって商店街の細い路地を入ると、揚げたてフライの「はしもと」さんのところまで取り壊されています。私が神戸に来てからの3年の間にもここの景色は変わりました。

これだけを見るとさすがに「はしもとさん大丈夫かいな?」と心配な気持ちになりますが、お話を聞いてみると(上の写真参照)手前からブルーシートがかかっている部分までが平野商店街、以降が市場協同組合の敷地で、この再開発は共同組合側なのでうちは関係ないよ、とのことです。ブルーシートの奥で取り壊されたのは、ほとんどの店がシャッターをおろしていたもののいちおう形だけは残っていた平野市場協同組合の入り組んだ路地ですね。初めてあの路地に迷いこんで、通りの暗闇に中の台湾ラーメン「廣林店」の灯りがうっすらと灯っていた風景が忘れられません。二十年以上前に行った香港の妖しい路地裏屋台を思い出しました。かつてあった市場の記録ですので、今はもうない廣林店のカウンターから撮った写真をのせておきます。

しかし廣林店がなくなってしまったのはつらいなあ。平野だけでなく神戸全体の損失だよ……とかなんとか。ここでわざとらしく悲しんでみたいところなんですが、廣林店はなくなったりしません。先月平野交差点の西側、交番の横あたりに移転して大復活したんです。以前の妖しすぎる見た目はなくなって席数も増え綺麗な店になりましたが、これはめでたい事。前のご主人がご病気で、新店は妹さん夫婦が切り盛りされているということです。新生廣林店の台湾ラーメンセット。せっかくなので別の日に食べた、同じ平野商店街にある祇園寿し「魚権」さんのランチものせておきます。

話を「はしもと」さんに戻しますが、ピーマンの肉詰め歴42年、ピーマン肉詰め鑑定士の資格を持つ私が判定しますに、こちらの肉詰めは日本で一番おいしいです。私は晩御飯にしようと思って家に持ち帰るぶんを買いましたが、「どっかその辺で食べますわ」と言ってソースをかけてもらい、揚げたてを道で座って缶チューハイでも飲みながら食べるのが一番のおすすめ。どうでしょう。写真を撮るためだけにベンチで封をあけたんですが、ハトが寄ってきました。

そういえば平野といえば切り絵作家の成田一徹さんの出身地です。
(ここから話が脱線します)私が成田さんの切り絵と文章を見てこれはすごいなと思ったのは、新開地を切った作品。『新・神戸の残り香』という本を持っている人は答え合わせのように見てほしいんですが、成田さんが新開地を描くために切り取った風景はこのあたり。

写真を学ぶためには、理屈よりも50mmの単焦点レンズを付けて町を歩くのが一番いいと思っています。眼前に広がっている世界から、ファインダー(モニター画面)にうつる以外の全て引くのが写真で、要は写真は世界を切り取る作業です。成田一徹さんの切り絵の、場面を選定する目がまさに写真の目だなあと思っていて。

新開地の切り絵には、町の栄枯盛衰を語る時にここをピンポイントで切り取るのかよという発想のすごみがあって、これは同じ本の中で神戸におけるブラジル移民の歴史を語る時に一本の電柱から語る視線にも共通するのです。新開地の場合は、通行するほとんどの人が気付かない、ある角度に行かないと見えないという、アーケードから顔を出す鉄柱を切って町を描いています。作品と見比べて、おそらく湊川公園のこのベンチの後ろあたりに作者は立ったのではないかと私は想像しています。

すいません、脱線しすぎました。切り絵の謎解きは置いておいて、話を平野の「はしもと」さんに戻します。
なぜ唐突に成田一徹さんの話を書いたかというと、はしもとさんというのは揚げたてフライを提供するお店なので、作りおきはしていません。だから注文してから出来るまでに少し時間がかかるんですね。それで、店の前には客が座って待てるように椅子がひとつ置かれていて。

注文をすると「(時間がかかるから)買い物があるなら行ってきてね~」と言われるんですが、私はいつもこの椅子に座ります。この日もここに座って目の前の風景をぼんやり見ていると、ふと成田一徹さんの事が頭をよぎったんです。私が座るこの場所からは平野商店街と書かれた看板が見えて、石畳の細い路地があり、通りには新緑の季節の真昼の光があふれている。そして前景にはご主人が揚げ物をする後ろ姿が見える。この風景をもし、成田さんが切り絵にされたらどうなるだろうか。そんな事を考えました。

実は今回平野に行ったのは、鮮魚店「鯛屋」さんが作るタケノコちらし寿司が目当てだったのですが、これは一日だけの限定販売ということで私が行った日には残念ながらなかった。この日は肉屋さんに行っていませんが、平野には中山商店もあるし近くに菊水はあるし、神戸在住の人に平野の話をすると「あそこはさびれてるやろ」みたいな事を言われる時もあるんですけれど、いやいや肉屋・魚屋・八百屋がこれだけしっかりと機能している町は全然イケてまっせという感じで、やっぱり市場がある町は最高です。

今はどこの八百屋に行ってもタケノコがたくさん並んでいて、飲み屋に入ればタケノコ料理の小鉢があり、タケノコ研究42年の私としては歩いているだけで随喜の涙を流す季節です。峰松商店ではそんなタケノコと、ずいぶん立派なブロッコリーがあったので購入。

こちらが今回、ゴールデンウィーク平野旅行の戦利品を全部並べたものです。合計3376円。

連休中にどこか豪華な施設に行く、その入場料どころか会場までの交通費よりも安いかもしれない金額で、市場なら好きなだけ買い物をしまくれるので商店街や市場に行く事にはメリットしかないですね。さっそく買ってきたばかりの笹カレイとバーナーを持って外に出ましょう。

うはー。これで醤油マヨネーズをつけて、バケツを皿にして乗っけてよ。炙った笹カレイをつまみに昼間からビールを飲む。これが2018年、新時代の神戸スタイルであると言えるかもしれません。あの、ご挨拶申し上げるのをすっかり忘れていましたが、これから一年間またこんな感じでぐだぐだと話が続くんです。みなさま、大丈夫でしょうか。