「うまにのりたい、うまにのりたい」と以前から子供に要求されていたので、摩耶山で行われた馬の息災を願う摩耶詣祭に行ってきた。当日は花飾りをつけた馬たちが天上寺から掬星台までにぎやかにやってくる予定で、乗ることは出来ないまでも間近で見て楽しんでくれるだろうと思ったからだ。
しかしつい先日のこと、ミッフィーにハマりだした子供のために6480円もする大きなミッフィー人形を買い与えた途端、そのプレゼントを無視してアニメ『うっかりペネロペ』に新しく興味が移ってしまった時のように、ケーブルカーとロープウェーを乗り継いで会場まで来て、やがて到着した馬を見ながら「かわいいねー」と話しかけた瞬間「これじゃない。ポテトたべる」と完全拒否モードになってしまった。
勘弁してくださいよ、ここまで来たんだから見学しましょうや、なんて言っても聞く耳を持つわけもなく、ここでもし泣き叫ばれてはその後の身動きもとれなくなる。結局言われるがままに会場を離れ、ポテトとカレーとソフトクリームを食べただけで時間を過ごし、ごろごろ神戸取材班としては何の活動も出来ずに山を降りた。
3月も終わりになって、このところ毎日晴天が続いている。あたたかい陽射しの中、トレーナー1枚で歩くことも多く、もう冬物のジャケットにそでを通す事もないだろうか。日曜日は川沿いの桜並木をベビーカーでゆっくりと歩いた。神戸に引っ越して来たのが2015年の3月18日、それは桜が咲き始める頃で、その時から毎年同じ場所を歩いている。
まだ二分咲き、三分咲きの桜の木を見上げていると、開いたばかりの花をさっそくスズメが萼筒(がくとう)ごとついばんでは地面にぽたぽたと落としていて、子供はそれを興味深そうに見ては地面にしゃがんで拾い、ベビーカーの座面に並べていく。2016年は抱っこひもの中、2017年はベビーカーの上、今年は私といっしょに歩き、落ちた花をさし出してくるのだから、ゆっくりと変化していってるんだなと思う。
私たちはしばらく川岸に並んでたたずみ、鉄柵をつかんで川を眺めていた。そのとき子供の手から、起きている時も寝ている時も四六時中、大事に抱えていたイルカのぬいぐるみがすべり落ちるのが見え、私にはそれが一瞬スローモーション映像のようにうつった。ころん、ころんと石垣にあたりながら最終的には浅い川に落ちて、ここからではもう手が届かない。
こわごわと隣を見ると、子供は突然の出来事に呆然としながら、目の前の出来事をどう解釈するか迷っている様子だった。私は「ほら、これってファインディング・ドリーやん」と話しかけて、ルイ・アームストロングの「What A Wonderful World」を陽気に口笛で吹く。『ファインディング・ニモ』の続編。映画は主人公のドリーが幼いころに生き別れた両親を探す展開から、やがて海洋生物たちのド派手な脱出行になっていく。何回もいっしょに見た作品だ。
「ドリーで見たやろ。イルカちゃん、家に帰ったんやで、下から手ふってるやん」
「おうちにかえったの?」
そうそう。ここまで送ってくれてありがとう。また遊ぼうねってバイバイしてるよ。
翌日、どうにかぬいぐるみを回収に行けないものかと長靴をはき、もう一度同じ場所を訪ねてみたけれど、どこにも川へ降りる道はなく、イルカはまだ同じ位置に引っかかっている。しばらくそれを眺めながら、なんとなくだけれど、これからこの場所にくると、どうしょうもねえなあ……みたいな気分で「What A Wonderful World」の歌を思い出す気がした。桜は一日でまた昨日よりも多く花ひらいていて、スズメは相変わらずイタズラをするようにチッチチッチと鳴きながら花を落としている。
《赤ちゃんが泣くのを聞いたよ/この子たちが成長するのを見ている/子供は私よりもたくさん、たくさん学んでいって/そして私は思うんだ/なかなか、いい感じの世界じゃないか》