『ごろごろ、神戸2』『ごろごろ、神戸3』

『ごろごろ、神戸2』『ごろごろ、神戸3』は2017年5月から2019年4月まで本ブログ管理者である平民金子が執筆し神戸市広報課サイトにて連載されたコンテンツです。現在神戸市広報課サイトに本コンテンツは掲載されておりませんので、このたび神戸市さんのご好意により本ブログへの転載許可を頂きました。記事の著作権は神戸市にありますが、書かれた内容についてはすべて執筆者にお問い合わせ下さい。本コンテンツに大幅に加筆をした『ごろごろ、神戸。』が株式会社ぴあより出版されています。そちらもよろしくお願いします。

第15回 涼風ジョニー

今から私は、あまり書きたくない情報を書くのだが、最近、神戸の楽園を見つけてしまった。
それはどこか。1枚目、この写真だけを見て場所がわかる人はいるだろうか。

小出しにしても仕方がない。
楽園とは、王子動物園の放養式動物舎(類人猿エリア)、2階の休憩所である。

真夏の太陽の日差しにあぶられ、子供に手を引かれて動物園を歩く人々。
だいたいの親は「次はチンパンジーか……」と疲れた表情を見せている。しかしこの放養式動物舎に入った途端、驚きのために全員が必ず、このように声を漏らしてしまうのだ。
「なにこれ。涼しい……」

ある日の事、自分が撮った最近のスマホ動画を見ていたら、その日は朝の9時から炎天下に近所をストライダー(ペダルのない子供用自転車。2歳の誕生日に与えた)で走りまわる子供を追いかけ、同日夜の23時に今度はハーバーランドストライダーで走り回る子供を追いかけていた。
午前中はともかく、なぜそんな夜遅い時間に子供を遊ばせていたかというと、朝だの夜だの関係なく2歳児は欲望のままに覚醒し、暴れまわっているからで、さすがに夜中に部屋で走り回られると近所からの苦情がこわい。したがって他人の目は気になるが、外で遊ばせてやる。ハタから見ればこんな時間に子供を寝かせず外に出してと、馬鹿な親に思われるかもしれないが、私だけでなくどこの親であれ、夜に外に連れ出したくて連れ出しているわけではない。

そういえば東京の西荻窪に住んでいた頃、隣室に2、3歳の子供がいる家族が住んでいて、私たちの部屋にはほとんど響かなかったのだが、子供の足音がうるさいと下の階の住人からたびたびクレームを入れられていた。私はその現場を何度か目にしていたので「子供の足音くらいでそこまで気にする???」と正直なところ下の階の住人に対して批判的な思いを持っていたのだけれど、実際に2歳の子供と暮らしていると、大人とは比べ物にならないくらいの足音でドタドタと歩く。今でも西荻窪時代を振り返って「もう少し子供の足音に対して寛容であってくれればな…」という思いはまったく変わらないが、「うるさい」と思う人間の気持ちもわかるようになった。たかだか体重十数キロの子供がなぜこんなにも大きな足音を立てられるのかが不思議だ。なんにせよ子供には全く罪はないのだが。

夏。今日も、一秒でも長く冷房のきいた部屋にいたい私に対して、子供はいっさいの容赦がない。
前日は夜中の0時近くまで暴れ回っていたにもかかわらず、一回寝れば全てがリセットされるのか、これまで一度も外で遊んだ事がなくただひたすら外の世界を渇望し、いま生まれて初めて外界への扉を前にした人間のように
「あんぱんまん!!!(訳:外に出せ!!!)」
と扉の前で声を上げている。
「昨日も遊んだから、もうええがな…」と言って通じる相手なら私は交渉力の限りを尽してそれを伝える努力をするが、言っても通じない相手である。今日もまた私は、すべてを受け入れる枯れた仙人の表情で保冷ボトルに黙々とお茶を入れ、出かける用意をする。そんな中でやって来たのが、王子動物園なのだ。

ポーズを決めて走り回り、200円の乗り物を満喫する子供のうしろで私は口を開け熱中症寸前である。
あれ? ちょっとおかしいな? という量の汗が出て、頭がぼんやりとする。
と、そこまではいつもの事なのだが、今の私はこの先にある楽園の存在を知っているのだ。
この炎天下を抜けた先に鎮座まします日本最高齢、御年66歳のチンパンジー、ジョニー神。
なぜジョニーさんが神かというと、先ほども書いたとおり、ジョニーさんがおられる放養式動物舎が涼しいからだ。よく冷えた場所こそが正義、子連れの味方だ。
私はジョニーさんに勝手に「涼風(すずかぜ)」と名字を付けて、涼風ジョニーと呼ぶ事にした。

ちなみに、暑さを乗り越えてこの放養式動物舎まで来た際には、ぜひ自販機のカップジュースを飲んでほしい。
私の調査では、8月にここで飲む氷のたっぷり入ったラムネソーダが、全世界ジュースランキングで今のところナンバーワンだ。砂漠を歩く中でオアシスを見つけたような(砂漠を歩く中でオアシスを見つけた経験はないが)幸福感、清涼感、癒やし効果等を含めてその価値を計算したところ、放養式動物舎のLサイズ110円のラムネソーダには、110,000円相当の値打ちがあるとの結果が出た。

興奮をおさえてなるべく冷静に書いているのだが、この場所は、「キング・オブ・神戸の涼み場所」と言ってもよいだろう。だだっ広いのでベビーカーで来てもいっさい気にする必要はないし、子供も自由に動ける。その上でみんな大好きチンパンジーの暮らしが見られ、休憩所全体には冷房が効きまくっている。子供にはチンパンジー、大人には冷房の風、まさにWin-Winである。入口すぐのフラミンゴから始まり、ゾウ、トラ、ライオン、パンダ、アシカ、クマ、そして親の根性が試される猛暑のアンパンマン遊園地エリア……と真夏の戦場をくぐりぬけ、いつ倒れてもおかしくない状態の私を待っているのが110,000円相当のラムネソーダ。仕事帰りに飲む生ビールがこの上なく美味しいのと同じように、暑さをくぐり抜けた先の放養式動物舎で飲む奇跡のカップジュースのために、私は生きてきたと断言してもよいくらいだ…!!!

以下に、朦朧とする意識の中で撮った王子動物園の写真たちを数枚掲載しておきたい。
300円で乗る事ができる観覧車。ここから見られる山と海もいいが、遊園地の飛行機を見おろすこの眺めが好きだ。

なんといいますか、この8月の動物園の日差し、伝わりますでしょうか。
今の時期にここまで屋外で積極的に活動しているのは、高校球児か私たち親子くらいであろう。

出来れば違う季節に来たかった……などと言わず、最近は開き直って夏を満喫している。
平日の昼間、炎天下なのであまり人がいません。メリーゴーラウンドの馬は、暑さにもだえる私に似ている。

8月も残り二週間。 毎年「いやだいやだ」と文句を言っている間に夏は足早に過ぎ去ってしまう。
ここを読んでもし気がむいた方がおられたら、王子動物園の動物たちに会いに行ってみてほしい。
そして放養式動物舎でジョニーさんに会えたなら。

来月で67歳、ずっと長生きして次の夏もその次の夏も、元気で過ごしてほしい。
ありがとう、ジョニーさん。そう、伝言してほしい。