『ごろごろ、神戸2』『ごろごろ、神戸3』

『ごろごろ、神戸2』『ごろごろ、神戸3』は2017年5月から2019年4月まで本ブログ管理者である平民金子が執筆し神戸市広報課サイトにて連載されたコンテンツです。現在神戸市広報課サイトに本コンテンツは掲載されておりませんので、このたび神戸市さんのご好意により本ブログへの転載許可を頂きました。記事の著作権は神戸市にありますが、書かれた内容についてはすべて執筆者にお問い合わせ下さい。本コンテンツに大幅に加筆をした『ごろごろ、神戸。』が株式会社ぴあより出版されています。そちらもよろしくお願いします。

第22回 ポートタワーに登る日

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それほど頻繁に他人と会っているわけではないが、それでも人に会うたびにメリケンパークに設置された「BE KOBE」の良さを説いている。しかし相変わらず、長く神戸に暮らす人からは「そうですよね。あそこは最高です」といった全面的な同意が得られる事はない。私の偏った人間関係に限った話なのであてにはならないが、すべての人が「へえ、そうなんですか」(訳:必死ですね。私が行く事はないと思います)という冷ややかな反応で、実際に行って現地で写真を撮ったのは東京から観光に来た一組のみだ。
冒頭からそんな恨みごとを言っても仕方がない。つまり私は今日も「BE KOBE」の前にいる。

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モニュメントによりそって海と青空を背景に思い思いの写真を撮る人たち。
「BE KOBEってどういう意味なん?」「いや、知らんけど…」
そんな会話が今日も交わされている。
よくよく考えてみればただの文字に過ぎない物になぜだか行列が出来、専門スタッフがいるわけでもないから前後の人たちがお互いのスマホやカメラを渡し合って「お願いしますー」「ありがとうございますー」「お願いしますー」と写真を撮り合っていく。
そんな暗黙のルールがいつの間にか国境すら越えて共有されていて、ややこしいものがまったくない、楽しさの一番シンプルな形がここにあると言っても良い。
つくづく思う。私は「BE KOBE」が、メリケンパークが、ハーバーランドも含めたこの辺り一帯が好きなのだ。

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というわけでおとといの月曜日。
この日は体育の日(祝日)で、一年に一度だけポートタワーの外階段が一般客に開放される日なのだ。開放されてどうするのかというと、希望者は普段ならエレベーターを使って1分もかからない最上階までの道を、階段でせっせと登るのである。なんでわざわざ入場料を払ってまでしんどい思いをせなあかんねん……という気がしなくもないが、そんな所が良いではないか。
ポートタワーは私たちメリケンパーク派の守り神だから、これは参加せねばなるまい。
さっそく職員さんに導かれて、普段は入る事が出来ない階段部分へ。
登り始めにいきなり目にするこの舞台裏感がたまらない。

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たとえば、明治4年の岩倉使節団が横浜港から1ヶ月近くかけてようやく辿り着いたサンフランシスコと、現代人が飛行機に乗って1日で到着するサンフランシスコは、果たして同じサンフランシスコなんだろうか。
先日惜しくも路線が休止になってしまったが、神戸港からフェリーの琉球エキスプレス号に乗って3日かけて辿り着く那覇と、飛行機で簡単に2時間で着いてしまう那覇は同じ那覇なんだろうか。昔からよくそんな事を考えていた。
(よいしょ、よいしょ)

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答えはもちろん同じサンフランシスコであり那覇なのだが、それはあくまでも理屈の話。目的地に着くまでの苦労や時間、費用といった種々の過程もまた旅を構成する要素なのだとすれば、やはりかける時間や労力によって見えてくるものは違うわけで、そういう意味で階段で登った先に見える神戸の町は、(よいしょ、よいしょ)いつもの展望台から見る風景とはまた違ったものになるはずだ。
われわれ探検隊はさらに上へ上へと進む。

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柵愛好家、という人種が世の中にいるのかどうかわからないが、この赤いパイプ越しの、金網ごしの風景というのはそんな人たちには必見の世界だ。一気に階段を登ってしまってはもったいない。途中途中で立ち止まり、通常では見る事が出来ない金網越しの風景を写真に撮ろう。私はそのような愛好家のふりをしてはところどころで立ち止まり、休憩しているだけなのだが。よいしょ、よいしょ。

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よいしょ、よいしょ…。

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東京にいた頃とつぜん階段トレーニングに目覚めてしまい、毎日のように30階建てのビルの非常階段を昇降してトレーニングしていた効果だろうか、階段自体はそれほどきつくはない。しかしなんであの頃、そんなトレーニングを突然始めたのかと言えば、結婚もしていないのに子供か……こりゃ相手の親にどんな顔して挨拶に行ったらええんやろか……ヒゲは全部剃った方がええんやろか……そのような迷いを抱えていた自分に、(よいしょ、よいしょ)喝を入れるためではなかったか。

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そんな私がこうやって、今では体重十数キロの子供を毎日肩車し、なぜか東京ではなく神戸の町を歩き続けている。人生はなるようにしかならないというか、案外なんとかなるものだ。中島らもだか誰だか忘れたが、人生には偶然なんてなくて、すべては必然の結果として、自分たちは今それぞれの場所にいるみたいな事が書かれていて、それを二十歳くらいで読んだ時には「そんなもんなのかな」なんて他人事のように思ったけれど、今こうやってポートタワーの階段を、せっせ、せっせ、と登っているこの一歩もまた、何らかの、意味があっての、必然の結果なのかどうなのか。
(よいしょ、よいしょ)

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そういえば、これまた記憶が曖昧で筒井康隆だった気がするが、そうではないかもしれない誰かの小説に、バーでジャズを聴きながらひとり、人生について考えるなんていうのは、それは人生について考えているだけでジャズを聴いているとは言えないみたいなフレーズがあって、(よいしょ、よいしょ…)それは十代の頃に読んだんだっけ、割合に印象に残った。私はいまポートタワーに登りながら、人生について考えてしまっている。これは人生について考えているだけで、ポートタワーに登っているとは言えないのではないか。なんてつまらない事を考えている間に、もう頂上は近い。

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しかしこうやって一段一段、ゆっくりと歩きながら見ていると、海や空と対比したポートタワーの色彩のなんと美しいことか。こまかい事はどうだっていいじゃないか。

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ポートタワーはひと昔前までは神戸観光の中心地であったが、今はそういった役割よりは、この辺り全体の景観に欠かせないシンボルのような存在になっている。それはそれでいいのだが、ポートタワー自体の「観光地力」は往年の時代で取り残されている感じもして、この場所に来る人はたくさんいても、多くは中にまでわざわざ入らず見上げたり、写真を撮ったりして満足してしまう。

だが、ポートタワーには神戸最強クラスの穴場があって、われわれメリケンパーク派は展望エリア3階のスカイラウンジまで足を延ばそう。穴場…と言ってもこの場所は存在自体は日本中の誰もが知っている。そう、あの『こちら葛飾区亀有公園前派出所』14巻で、神戸の実家に帰省した麗子が主人公の両津を最初に案内する聖地だからだ。

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この場所がインスタグラム全盛の今の時代において、絶好すぎる撮影スポットとして認知されてほしいような、いや、現在の静かで落ち着ける場所のままでいてほしいような、複雑な気持ちであるが、やはりここは色んな人たちにもっとたくさん訪ねてもらって、知られざる(?)最高撮影ポイントで写真を撮ってほしい。
このように、神戸でもっともインスタグラムに映えるメロンソーダが撮影できるのだ…!

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話は飛ぶが、実はこの一帯は喫茶店天国である。
今年出来たばかりのスターバックスメリケンパーク店を最も勢いのある若手だとすると、このスカイラウンジと、さらにポートタワーに隣接する中突堤中央ビルの2階にはワラジヤ、フジという昔ながらの喫茶店が向かいあって営業しており、素敵食堂である「味の店ポート」と合わせたこの中突堤トライアングル(と私が勝手に名付けている)は食事も出来て飲み物でくつろげて最高の一画なのだが、残念な事に若い人たちはこの場所を知らない。
私のような地味な人間が宣伝してもなんともならないが、ふとした拍子に今でも人気が爆発しそうな、喫茶店エリア的にもそれくらいのポテンシャルを秘めた場所だと思っている。

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突堤トライアングル、スカイラウンジ、スターバックスというそれぞれ全く違う喫茶店を、気分によって、日によって使いわける。それが神戸在住メリケンパーク派のライフスタイルと言える。残念なのは皆喫茶店なので、観光で来られた人には1日で全部通うのが難しい事だが、そのへんはまあ、せっかくここまで来たのだから皆さんはもう、私のようにそのまま神戸に引っ越して住んでしまおう。

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ポートタワーに登る日。
エレベーターで登った頂上からの眺めと階段で登った頂上からの眺めには、何の違いもなかった。
それでもここはひねくれて、帰りも同じ階段で。
トントントン、トントントン、とすれ違う人もほとんどおらず、私はあっけなく地上に着いてしまう。
太陽の光に照らされた海と、降りてきたばかりのポートタワーを見上げて、私はやっぱり神戸が好きだ、と思った。

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