『ごろごろ、神戸2』『ごろごろ、神戸3』

『ごろごろ、神戸2』『ごろごろ、神戸3』は2017年5月から2019年4月まで本ブログ管理者である平民金子が執筆し神戸市広報課サイトにて連載されたコンテンツです。現在神戸市広報課サイトに本コンテンツは掲載されておりませんので、このたび神戸市さんのご好意により本ブログへの転載許可を頂きました。記事の著作権は神戸市にありますが、書かれた内容についてはすべて執筆者にお問い合わせ下さい。本コンテンツに大幅に加筆をした『ごろごろ、神戸。』が株式会社ぴあより出版されています。そちらもよろしくお願いします。

第47回 ファンタジー

歩きだしたと思ったらしゃがみこんで、地面に手をあてて。また歩きだしたと思ったらしゃがみこんで、地面に手をあてる。いっこうに進まない足取りに内心いらいらしながら、その動作にいったいなんの意味があるのかと観察してみれば、こけた拍子に触れたコンクリートの地面が春の日差しであたたかいというその事が不思議でならないのだというように、地面を触ってぬくもりを確かめているのだとわかった。出港までまだ時間に余裕はあるのだし、意味もなく急(せ)くこともあるまいと腰を据え、そばで見ていると、相変わらず座ったまま地面に手を触れて、また少しの距離を移動ししゃがみこみ地面に触れて、そこが本当にあたたかいのだという事を、今度は一緒に連れているぬいぐるみに伝えている。
子供には彼ら彼女らなりの、世界との関係の構築の仕方があるのだろうと思った。

少し前までは行くといってきかなかったアンパンマンこどもミュージアムも今は素通りし、観光船のコンチェルト号が停泊する高浜岸壁を歩く。かつてこのあたりから淡路島行きの船が出ていたというが、そういった歴史を写真で見る知識としてしか知らない私は現在の、完全に観光地化された風景も悪くないなと思う。それでも過去の資料をあたり、何十年も昔の写真や映像に接するたびに胸が締めつけられる思いがする。ちょうど一年前、長田区の菅原水仙公園のなだらかな起伏をたよりない足どりで進んでいく事がやっとだった子供が今はポートタワーに向けて小さなサッカーボールを蹴りながら走っている。周囲に目を向ければあちらこちらに真新しい服を来た会社員や学生たちが見えて、この季節になるといつもそう思うように、時間が止まって変化していないのが自分だけなのではないかと不安を覚える。私たちはタワーに隣接する中突堤中央ビルに入った。

BE KOBEのモニュメントや芝生がすばらしいスターバックスが出来て、メリケンパークにはすっかり新しい風が吹いているけれど、少し前の波止場時代の潮風が静かに通りを吹き抜けるようなこの場所にあるフジ、ワラジヤ、食堂ポート。そういった飲食店の大先輩たちが並ぶグルメ横丁を素通りしてはいけない。新しい世代の人たちはこの場所を知らない事も多いのではないだろうか。12時からの昼食時間帯はけっこう混んでいるけれど、そこを外せば店内は落ち着いているし、ワラジヤは入口付近のスペースに余裕もあるのでベビーカーでもそのまま何度かお邪魔した事がある。先ほどから急に、なんとしてでも焼きそば定食を食べたい気分になっていたのであった。

焼きそばで白いご飯を食べる。それは関西人に対する笑い話として紹介される事が多いけれど、こちらに住み出してなんとなくこんな組み合わせにも慣れてしまった。焼きそばは普段は鉄板で提供されているのだが、幼児を連れていたので鉄板は熱いからとお皿に切りかえてくれた。焼きそばを子供の口に入れ、次にご飯を口に入れて、青いソーダ水が店内の照明にあやしく輝き、ふと森本アリ氏が『旧グッゲンハイム邸物語』の中で塩屋の町を表現した「人間サイズ」という言葉を思い出す。このあたりの飲食店街は気取らず、身の丈以上に飾り立てられる事もなく、手を伸ばせばしっかりと輪郭を確かめる事が出来るような「人間サイズ」であるところが魅力であるといえようか。グルメ横丁に今よりももっとたくさんの店が立ち並び、にぎやかだった頃を私は知らない。けれどそれでもいい。

町で愛したいものは、なにもかも新しいものでなくてもいい。少しダサかったり、ほこりっぽかったり、二十年でも三十年でも時間が止まっていたり。くすんだ地下道の壁、雨に打たれて路上に剥がれ落ちたポスター、今はもう存在しない会社の、取り付けられたままでいる広告看板。真新しい風景のすぐ裏にはそのような、何十年分もの生活や人のにおいが染み付いている町の風景がある。私にとって神戸のいとおしくてたまらないのはそういう部分だと、そんな事を考えながら時計を見て、そろそろ出港の時間やでと会計をすませ目の前の船着き場に向かう。オーシャンプリンス号、ロイヤルプリンセス号、そしてファンタジー号。ここらで船に乗る時には乗船券だけでなくポートタワーか観覧車とのセット券を買うのが絶対におすすめで、神戸在住の人が案外行かない観光コース。私はそういう世界も大好きだ。乗船し、カメラを取り出してデッキからの写真を撮りたい私と、船内食堂の椅子に座り込んでソフトクリームを食べる事を要求する子供との間には緊張感がある。子供は一歩も動こうとせず、たのむから写真を撮らせてくれと少しでも私が動くと「ここにいて」と怒り出す。

波しぶきがかかって少し曇った窓から見る神戸の海。イルカがおるかもしれんよ。エイ先生もおるかもしれんよ。だからデッキに出ようや。連載に使える写真を撮らなあかんねん。なんて言ってもあっさりと拒否されるだけで、何もかもが思うようには行かず、船に乗ったというのに想定通りに景色は流れていかない。毎日がハプニングの連続で、毎日がファンタジーでもあり、私は背もたれにひじをつき椅子に体をあずけ、まったく上手くいかねえな、と心の中で笑ってしまう。