『ごろごろ、神戸2』『ごろごろ、神戸3』

『ごろごろ、神戸2』『ごろごろ、神戸3』は2017年5月から2019年4月まで本ブログ管理者である平民金子が執筆し神戸市広報課サイトにて連載されたコンテンツです。現在神戸市広報課サイトに本コンテンツは掲載されておりませんので、このたび神戸市さんのご好意により本ブログへの転載許可を頂きました。記事の著作権は神戸市にありますが、書かれた内容についてはすべて執筆者にお問い合わせ下さい。本コンテンツに大幅に加筆をした『ごろごろ、神戸。』が株式会社ぴあより出版されています。そちらもよろしくお願いします。

第39回 これはハルナだな

ステーキを買うとサイコロのような牛脂をつけてくれるので、せっかくなのでと熱したフライパンに置く。私はサラダ油でも充分に美味しく焼けると思っているけれど、プロの職人がセットで付けてくれるのだからこっちで焼く方がおいしいのだろう。しかし一枚の肉を焼くために、それほどたくさんの脂は必要ないので、ここから問題になってくるのは必要な量を引いた後の牛脂の置き所だ。

皆さんならどうするだろう? 小皿によける? それでは駄目なんだ。牛脂だってクラスの仲間。必要なくなったからといって教室(フライパン)の外に出すなんてとんでもない。私は迷わず肉の上に置いている。

片面を焼いている間、手持ち無沙汰なのでまんべんなく肉の表面に脂をぬり込む。そしてフライパンの片隅に牛脂をいったんよけて、肉をトングでひっくり返し、また上にのせる。なぜそんな所に置くのかと聞かれたらそこに肉があるからだとしか答えようがない。

しかし最近、気付いてしまったのだ。これはハルナだな、と。
かつての野球少年ならば、種田仁のガニ股打法や落合博満神主打法イチロー振り子打法といった憧れのプロ選手のバッティングフォームを真似した事はないだろうか。私はファミコンばかりやっている子供だったのでそのような経験はない。自分にないにも関わらず今「ないだろうか」などと呼びかけたのは不誠実な気もするが、適当に書いているのだから仕方がない。ともかく私は長田区のお好み焼き屋「ハルナ」のクッキングフォーム(バッティングフォームの料理版)を真似していたわけだ。

これが私がステーキを焼く時に多大なる影響を受けたハルナ焼きだ。円錐状に整えられたモダン焼きの上に豚脂がちょこんとのせられた様子は崑崙山にかかる雲のよう。それを見おろす私はさながら筋斗雲に乗る孫悟空である。

こちらに住み始めるまではまったくお好み焼き屋とは無縁の生活で、人生でほんの数回、それも飲み会等でしか入った事がないのに、今では不思議と週に一度はどこかしらの店にふらっと入っている。これはメキシコの町を歩いているとついふらっとタコス屋台に入ってしまうのと同じ身近さだ。

神戸のお好み焼き屋は目の前の鉄板で店主が焼いてくれるスタイルなので、こちらでお好み焼きを食べるというのはイコール、鉄板というステージで繰り広げられる店主のライブ・パフォーマンス(職人技)を見に行くことなのだ。ほとんどの店には「アップル」と呼ばれる謎めいたジュースが安価で置かれている。まずアップルを注文し開演を待つ。

コテがリズミカルに擦れる音、薄く引いた生地に具材を乗せて、それが鉄板で焼かれる音。それらが合わさって狭い店内に響く。震災や不景気で畳まれたお店も多いが、まだまだ他所から来た私からすれば、この町は鉄板王国だ。酒を飲みに来るのでもなく、仲間たちとしゃべりに来るのでもなく、昼間からおばちゃんやおっちゃんが1人でふらっと入って来ては、チャチャッと食べてサッと帰って行く。お好み焼き屋ののれんをくぐるハードルが神戸はおそろしく低いのだろう。